飯田 哲也 第7回 南オーストラリアのもう一つの革新 〜家庭用蓄電池アグリゲーションと仮想発電所(VPP)の先進性

2025.09.01 トピックス

本連載では、これからの10年を「バッテリー・ディケイド」(蓄電池の10年)と呼び、EVを含む蓄電池とその周辺にある領域の歴史や技術、資源、地政学、市場などの幅広いトピックスを取り上げ、バッテリー・ディケイド時代に知るべき「新しい蓄電池の教養」を眺めながら解説してゆく。なお、本稿では特に明記しない場合、蓄電池(バッテリー)はリチウムイオンを指す。

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オーストラリア、なかでも南オーストラリアにおける住宅用蓄電池とバーチャルパワープラント(Virtual Power Plant, 以下VPP)の先駆的な取り組みとその進展は、単なるエネルギー技術の普及にとどまらず、制度設計、電力市場の構造改革、さらにはエネルギーの公共性を再定義する営みに発展しつつある。本稿では、2017年以降の住宅用分散型蓄電池とVPPの動向を手がかりに、オーストラリアのエネルギー転換の位相を論じる。

1.仮想発電所の概念と意義

仮想発電所(Virtual Power Plant, VPP)とは、家庭や事業所に分散して設置された太陽光発電設備、蓄電池、電気自動車、需要応答機器などの分散型電力資源(Distributed Energy Resources: DER)を、インターネットを介して統合し、集中制御によって一体的に機能させる仕組みである【1】。この仮想的な発電所は、エネルギー需給の調整や電力市場への参入、系統安定化など、多様な機能を果たすことが可能である。

VPPの導入は、再生可能エネルギーの導入拡大に伴う系統不安定化のリスクに対応しつつ、参加家庭の電気料金の低減、自給自足率の向上、系統レジリエンスの強化といった多面的な効果をもたらすものである。オーストラリアはとりわけ南オーストラリア州において、太陽光の高普及率を背景にVPP導入の先進地域として注目を集めてきた。

2. 主要事業者による黎明期の取り組み
2.1 テスラと南オーストラリア州政府によるSA VPP

2018年、テスラ社は南オーストラリア州政府と協働し、最大5万戸の住宅を対象とする世界最大級の仮想発電所「South Australia Virtual Power Plant(SA VPP)」の構築に着手した【2,3】。本計画は、州営住宅に対し太陽光パネル(5kW)およびPowerwall蓄電池(13.5kWh)を無償設置し、それらを遠隔で統合制御することで、蓄電と放電を最適化し系統運用に貢献するというものであった。

事業は三段階に分けて進行し、最終的には出力250MW・蓄電容量650MWhに相当する規模が想定された。2019年までに1,100戸への設置が完了し、その後、一般家庭にも参加が拡大された。テスラは本プロジェクトにおいて、再生可能エネルギー庁(ARENA)およびクリーンエネルギー金融公社(CEFC)からの支援を受けた【4】。2025年7月、テスラは本事業をAGLエナジー社に譲渡し、同社が運用を継承した【5】。

SA Power NetworkでのテスラVPPの展示(筆者撮影)

2.2 AGLエナジーの先行実証と拡張戦略

AGLエナジーは2016年よりVPPの実証事業を開始し、Sunverge社やTesla社の蓄電池を活用して最終的に1,000戸・5MW規模のプロジェクトを構築した【6】。同社は周波数制御や需要応答といった多様なサービスを検証し、成功裏に収めた成果を基に商用サービスへと移行した。2025年にはテスラからSA VPPを買収し、これを含めた1.6GW規模のDER管理を目標とする大規模VPP事業者として、南オーストラリア州における基盤を強化した。

2.3 Sonnen社の進出と製造拠点確立

ドイツ発のSonnen社は2016年にオーストラリア市場へ参入し、2018年にはアデレードに蓄電池生産拠点を設置した【7】。同社は南オーストラリア州政府と連携し、最大5万台の蓄電池を供給するプログラムを展開した。Sonnenは電力料金の定額プラン「sonnenFlat」を導入し、顧客の蓄電池を一括制御する形でVPPを運営するビジネスモデルを確立した。Powerclubなどの地元企業と連携し、地域密着型のVPPモデルも構築された【8】。

2018年9月、南オーストラリア州政府とドイツ蓄電池メーカーSonnen社による記者会見の様子

【出所】 PV Magazine International, Sept.10, 2018 https://www.pv-magazine.com/2018/09/10/south-australia-unveils-details-of-100-million-battery-scheme-sonnen-sets-up-production-plant/#:~:text=The%20move%20was%20first%20announced%C2%A0,year%20deal

2.4 Origin Energyによる東部州での展開

Origin Energyは2018年にビクトリア州政府と共同でVPP実証を開始し、メルボルン近郊において650戸・5MWの規模で展開した【9】。以後、同社は全国展開を進め、2025年には統合DER容量2GWを目指す戦略を発表した。

2.5 その他の革新的プレイヤー群

Simply Energy社はPowerwall 1,200台を活用したVPPxプロジェクトを2018年より推進し、ShineHubやAmber Electricといった中小企業も、各種インセンティブ制度や独自のビジネスモデルを通じて市場参入を果たした【10】。一部州では、蓄電池導入に対する補助金交付の条件としてVPPへの参加が求められるなど、制度的な促進策も講じられた。

表1. 主要州における蓄電池補助とVPP参加要件(2024年時点)

州・地域補助金額(最大)VPP参加要件開始年補助形態
SA州$6,000VPP Ready要件(参加推奨)2018年蓄電容量に比例
NSW州約$1,000(奨励金)接続インセンティブあり2019年インセンティブ支給
VIC州約$4,838一部要件(希望者のみ)2018年ソーラーパッケージ一体
WA州(予定)$5,000~$7,500VPP参加義務化2025年補助+無利子融資
ACT出力1kWあたり給付参加型VPP実証あり2016年出力基準に応じた支給
*出所:各州政府公式発表、ARENA年次報告書(2023)。

3. 制度設計と市場ルールの整備

オーストラリア全国電力市場(NEM)においては、2017年以降、分散型電源の統合を前提とする制度整備が進行した。AEMO(オーストラリアエネルギー市場運営者)は2019年からVPPデモンストレーションプログラムを開始し、5MW以上のVPPを対象に市場参加の試行を行った【11】。

これにより、周波数制御補助サービス(FCAS)市場への参入要件、計測頻度(秒単位)、遠隔通信要件などが具体化され、2022年から正式な市場参加が可能となった。2021年には高速応答型FCAS市場(Fast FCAS)も創設され、蓄電池の特性を活かす制度が整備された【12】。

また、配電事業者により低電圧系統の安定を図る動的エクスポート制限や出力制御の導入が進められ、南オーストラリア州では2020年以降、すべての新規DERに対して遠隔制御機能の実装が義務化された。

4. 運用実績と系統安定への寄与

VPPによる系統貢献の実績は複数報告されている。たとえばSA VPPは、系統周波数の急変時におけるFCAS提供によって安定化に寄与し、停電時にも一定の電力供給を維持することでレジリエンスを発揮した【14】。

また、需要ピーク時における蓄電池からの放電により、卸電力市場価格の抑制効果が確認された。特にFCAS価格の低減は、VPPの市場参入がもたらした顕著な成果であると分析されている【15】。

5. 消費者利益と社会的意義

VPPに参加する家庭にとって、次のような恩恵が認められている:

・ピーク電力料金の回避や蓄電池自家消費の最適化により、電気料金を大幅に削減可能。

・一部プロジェクトでは蓄電池や太陽光発電設備の無償提供、あるいは補助金との併用によって、初期投資の負担軽減が実現。

・蓄電池による停電時バックアップ機能の活用により、エネルギーの安心感が向上。

・アプリを通じた可視化により、家庭のエネルギー行動が社会的価値を持つことへの認識が醸成。

とりわけ、AGLやSonnenが提供するアプリケーションを用いることで、家庭内エネルギーの流れが直感的に把握できるようになり、社会的貢献と家計メリットの両立が明確化された【16】。

6. 総括:オーストラリアモデルの国際的意義

南オーストラリア州を中心とするオーストラリアのVPP展開は、制度設計、技術開発、消費者参加の三位一体の構造により、分散型エネルギーシステムの先進モデルを形成した。蓄電池普及と再生可能エネルギーの調和的拡大、電力市場への革新的参入、エネルギー民主化という理念に裏打ちされた本事例は、今後世界各国が模索する脱炭素化と分散化の両立に向けた有効な参照点となり得る。


引用文献一覧

【1】 Government of South Australia, SA Virtual Power Plant Overview.

【2】 AEMO, DER Program and VPP Demonstrations Summary, 2021.

【3】 Tesla, “South Australia VPP Phase 2 Report”, 2019.

【4】 ARENA, Project Summary: Tesla SA VPP.

【5】 AGL Energy, “AGL completes acquisition of South Australia VPP from Tesla”, 2025.7.4.

【6】 ARENA, “AGL Virtual Power Plant Project Final Report”, 2019.

【7】 Sonnen Australia, Company Release, 2018.

【8】 Powerclub Australia, Product Brochure, 2020.

【9】 Origin Energy, “Virtual Power Plant Demonstration in Victoria”, 2019.

【10】 pv magazine, Australia Edition, various issues 2018–2023.

【11】 AEMO, “Virtual Power Plant Demonstrations Final Report”, 2021.

【12】 AEMO, “Market Ancillary Service Specification (MASS) Amendment Consultation”, 2022.

【13】 Victorian Government, “Solar Homes Program Guidelines”, 2020.

【14】 Tesla, SA VPP Operations Report, 2020–2023.

【15】 CEFC, “Grid Stability and VPP Contributions”, 2021.

【16】 AGL, SA VPP Customer Tariff Schedule, 2023.

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