飯田 哲也 第10回 米中対立と蓄電池への影響(その1):二極化する地政学的断層の時代へ

2025.12.02 コラム トピックス

我々は今、歴史的な転換点に立たされている。米中対立という地殻変動は、単なる二大国の貿易摩擦ではない。それは、効率性を至上としてきたグローバル経済の時代の終焉と、安全保障を軸としたブロック経済化、すなわち世界の「二極化」時代の幕開けを告げるものに他ならない。特に、トランプ政権が愚かにも始めてしまった強硬な関税政策というグローバル・ゲームは、これから不可逆的に加速するだろう。この地政学ゲームの主戦場となっているのが、レアアース、半導体、そして蓄電池という、現代文明を支える3つの戦略的要衝である。

1,中国のレアアース支配を守る「純度の堀」

第一かつ最大の戦場は、レアアースだ。中国の強みは、単なる埋蔵量や採掘量だけではない(採掘のシェアは約6割)。それ以上に中国が支配しているのは、バリューチェーンの最も決定的なボトルネックである精製であり、世界シェアの9割以上を占める。オーストラリアや米国で採掘された鉱石でさえ、最終精製のために中国に送られるという現実が、この構造的依存の根深さを物語っている。

その理由は、「高純度精製技術」というチョークポイントにある。中国はレアアースを99.999%という驚異的な純度で精製する技術を独占している。日本や西側諸国ではその域に遠く及ばず、このわずかな純度の差が、EVの高性能モーターや精密誘導兵器の性能に決定的な違いを生む。もはや量だけでなく、「質」においても西側は全く追いつけない状況にあり、これは代替不可能な「純度の堀」となっている。 西側諸国が鉱山開発にいくら投資しようとも、サプライチェーンの「心臓部」である精製プロセスを中国に握られている限り、この従属構造から抜け出すことはできない。中国はこの支配力を巧みに兵器化する。輸出管理を強化し、戦略的に価格を操作することで、西側で立ち上がろうとする競合企業をいとも簡単に潰すことができるのだ。

2,欧州を襲った「半導体ブーメラン」の教訓

第二に、欧州を襲った半導体を巡る「ブーメラン効果」に学ぶ必要がある。グローバルに最適化されたサプライチェーンが、いかに地政学的リスクに対して脆弱であったか、その象徴がオランダの半導体メーカーNexperiaの事例である。中国資本傘下の同社は、ドイツで製造したチップを中国で最終製品に組み立てていたが、トランプ2.0政権に屈従したオランダ政府が同社の経営権を掌握すると、中国は即座に完成品の輸出を禁止して報復した。

その結果、欧州で製造された半導体が中国国内に閉じ込められ、欧州の基幹産業である自動車産業の生産ラインが停止の危機に瀕した。この事件が暴き出したのは、最先端の微細化プロセスばかりに目を奪われ、自動車のブレーキやエアバッグに不可欠な「レガシーチップ」や、組立・パッケージングといった「後工程」の重要性を見過ごしてきた西側産業政策の構造的欠陥である。安全保障を掲げた米国の圧力の代償を、同盟国である欧州の産業が支払うという、新たな地政学的チェックメイトの構図が出現したのである。

3,中国の蓄電池覇権 — LFP革命と垂直統合の力

そして第三に、蓄電池のサプライチェーンは、もはや「二つの世界」への分裂が決定的な現実となっている。ここでも中国は、西側が当初その価値を過小評価していたLFP(リン酸鉄リチウム)電池というゲームチェンジャーで市場のルールを書き換えた(連載第3回参照)。コスト、安全性、寿命に優れるLFP電池は、今や世界のEV市場の半分を席巻し、日韓勢が得意としてきた三元系(NMC)電池のシェアを侵食し、圧倒しつつある。

中国は、鉱物精製から部材製造、最終製品に至るまで、サプライチェーン全体を垂直統合し、欧州製より3割以上も安価な蓄電池を生産する圧倒的なコスト競争力を実現した。欧州の期待を背負ったNorthvoltの破綻は、この巨大なエコシステムとの競争がいかに困難であるかを物語っている。米国のIRA(インフレ抑制法)も、最終組立工場の国内誘致には成功したが、その心臓部である正極材や負極材は依然として中国からの輸入に頼らざるを得ないという「パラドックス」を抱えている。

4,日本が直面する多重リスク:政治・通商・産業の脆弱性

この二極化の断層において、日本は構造的な脆弱性に直面している。それは、単なるサプライチェーンの寸断リスクに留まらない、政治と通商を巻き込んだ複合的な危機である。

まず、政治的な自動追随リスクだ。安倍路線踏襲を標榜する高市政権が、トランプ2.0の強硬な対中政策に自動的に追随するなら、外交の独自性が縮小し、中国からの報復を誘発する可能性が高い。また、高市氏のDNAとも言える反中イデオロギーが強まることで、対中実務チャネル(許認可、品質監査、工程監査)が冷却し、サプライチェーンの透明性と安定性が失われる。

産業面では、電池セル・部材、希土磁石、レガシー半導体における対中依存度の高さが、遮断時の減産やコストスパイクを招く恐れがある。特に、重要工程である分離・精製・焼結・負極材処理といった中核工程の国内キャパシティ、人材、装置が決定的に不足している。加えて、在庫標準の欠如、共同備蓄・相互融通の制度不備、そして資源高と円安が重なるダブルショックのリスクも常態化している。

 5,新しい二極化の時代と日本の立ち位置:統御と均衡の設計

結果として、世界は二つのブロックへと分断されつつある。安全保障を優先し、高コストな国内サプライチェーン構築を目指す「西側ブロック」と、圧倒的なコスト競争力を武器に世界の成長市場を席巻する「中国中心ブロック」である。

我々はこの地殻変動を直視しなければならない。効率性を追求したグローバル化の時代は終わり、安全保障を組み込んだ、より高コストで断片化した「レジリエンスの時代」へと、我々は否応なく突入したのである。

問われているのは、米国への追随でも、中国への屈従でもない、第三の道、すなわち日本の立ち位置である。遮断ではなく、統御された相互依存を設計する。日本は、米中いずれにも偏らず、アジアと欧州を結ぶ「再編の舵」を握るべきだ。そのために、以下の五つの戦略的提言を断行する必要がある。

1,交渉インフラの多層化:希土・黒鉛・前駆体・装置に関する包括協定(長期オフテイク+監査権+SLA)を中国、ASEAN、印豪と多層化し、実務レベルでの対話のパイプを決して凍結させてはならない。
2,産業中核の内製化:分離・精製・焼結・負極処理・パッケージングといった最重要工程の国内実装を急ぐ。環境規制は維持しつつ、迅速アセスメントと省エネ補助金でコスト差を短期間で縮小すべきだ。
3,共同備蓄・相互融通の制度化:電池素材、磁石材、車載チップの共同備蓄基金を設立し、有事の際の優先配分ルールを官民で事前合意することで、ショックアブソーバー機能を持たせる。
4,リサイクル主義の確立:量の拡大の先に「都市鉱山」を据える。回収・前処理・再資源化のスループットを倍増し、特に重希土回収を国家戦略として制度化すべきである。
5,データ主権の確保:工程・品質・故障の実運用データを国内で蓄積・AI化する。これにより、ブラックボックス化された他国の技術・装置への依存構造から離脱し、次世代技術の主導権を取り戻す。

これは、関税や補助金の優劣を競う小競り合いではない。誰が21世紀の産業秩序を設計し、誰がその倫理を担うかという、文明の問いである。日本は、トランプ2.0の情動に突き動かされるアメリカの衝動にも、超大国化してゆく中国の覇圧にも、盲従してはならない。

希土と電池と半導体—三つの心臓に、知性と責任で血流を取り戻す必要がある。遮断ではなく統御、服従ではなく均衡、安直な正義ではなく、長い技術の時間を味方につける。そうした「共存する強さ」を、ここで再定義する時だろう。


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