飯田 哲也 第11回 米中対立と蓄電池への影響(その2):日本の「第三の戦略」の設計図

2026.01.05 トピックス

連載第10回で指摘した通り、グローバル経済は安全保障を軸とした二極化へと移行し、西側は高コストなサプライチェーンの内製化(レジリエンス)を強いられている。しかし、「脱中国」一辺倒の戦略は、供給の不安定化とコストの急騰を招き、国際的な競争力を著しく削ぐという「レジリエンスの罠」に陥るリスクがある。

日本が目指すべきは、米国の衝動と中国の覇圧から自立し、アジア・欧州の「均衡勢力(バランサー)」となるための、現実的かつ統御された「第三の戦略」である。我々はその実践的な設計図を描かなければならない。

1, データ主権とサプライチェーンの「知性化」—「純度の堀」の統御

    遮断されたサプライチェーンにおいて、最も重要な資源はデータであり、その統御こそが第一の防衛線となる。中国の持つ99.999%精製技術という「純度の堀」を正面突破するのではなく、情報的に無力化することを目指す。

    (1) データ主権の確立

    レアアース精製、電池製造、半導体後工程における工程データ、品質データ、故障履歴を、国内または信頼できる第三国で独占的に蓄積・AI化する。これは単なる情報管理ではなく、サプライチェーン全体を「知性化」するための基盤である。

    (2) 「ブラックボックス依存」からの離脱とデータ監査権

    中国製装置や部材の性能・品質管理を、自前で取得したデータに基づいて監査・検証できる能力(「データ監査権」)を確保する。これにより、技術的なブラックボックスへの依存から脱却し、供給元の変更リスクを管理可能にする。技術的優位性そのものに追いつかずとも、そのリスクを統御下に置くことが、この戦略の本質である。

    (3) サプライチェーンのデジタル・ツイン リアルタイムの需給、在庫、輸送状況を統合管理するデジタル・ツインを構築する。地政学リスク発生時、どの部材がいつ、どこで途絶するかをシミュレーションし、優先配分プロトコルを迅速に実行するためのデジタルインフラとする。

    2, アジア・欧州を巻き込む「マルチプル・ヘッジ」戦略

      対米追随でも対中屈従でもない「再編の舵」を握るため、多角的な交渉インフラを構築し、リスクを分散する「マルチプル・ヘッジ」戦略を遂行する。

      (1) ASEAN・インドとの「資源・技術連動協定」

      豪州の資源(リチウム等)だけでなく、ASEAN諸国の加工能力やインドのエンジニアリング能力と連携する。彼らとの間で、「長期オフテイク+品質監査権+SLA(サービス水準合意)」を包括的にセットにした協定を多層化すべきである。これにより、一国依存を回避し、安定供給を制度的に担保する。

      (2) 欧州との「レガシーチップ相互融通枠」

      欧州自動車産業と日本の産業機器メーカー間で、有事の際に不可欠なレガシー半導体や重要部材を相互融通・共同備蓄する枠組みを制度化する。米国の強硬策に対する共通の「ショックアブソーバー」として機能させ、同盟国間の軋轢を防ぐ。

      (3) 国際リサイクルアライアンスの主導

      日本の優れた前処理・再資源化技術を欧州やASEANに積極的に展開し、重希土回収や電池リサイクルにおける国際的な「倫理標準」とクローズドループを共同で確立する。

      3, 「リサイクル主義」の経済的・倫理的価値

        資源の「量」で中国と戦うのではなく、**資源の「質」と「循環」**で優位性を確立する。これは、環境問題とレジリエンスを統合する、日本独自の戦略である。

        (1) 都市鉱山の制度化とインセンティブ

        電池や磁石の回収・前処理・再資源化のスループットを倍増するための税制優遇や補助金を設計する。特に、ネオジム磁石や触媒に含まれる重希土の回収を国家戦略として法的に位置づけることが不可欠である。

        (2) 環境基準をレジリエンスの武器に 中国の精製プロセスが抱える環境負荷の問題を逆手に取り、日本の高効率かつ環境負荷の低いリサイクル・精製技術を**国際的な「倫理標準」**として位置づける。これにより、人権や環境配慮を重視する西側サプライチェーンへの参入障壁とする。これは純度で劣っても、市場の選択基準を変えるという戦略転換である。

        4, 結論:統御と均衡による「共存する強さ」の再定義

          効率性と安全保障のトレードオフが常態化する時代において、日本が目指すのは、「遮断」ではなく「統御」、**「服従」ではなく「均衡」**である。目先の関税措置に踊らされず、データ主権、マルチプル・ヘッジ、リサイクル主義という三つの柱に基づき、アジア・欧州の均衡勢力としての役割を果たすことこそ、高コストな「レジリエンスの罠」から脱出する唯一の道である。

          知性と責任をもって、三つの心臓(希土・電池・半導体)に持続的な血流を取り戻し、国際社会における「共存する強さ」を世界に定義し直す時が来たのである。



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