飯田 哲也 第4回 蓄電池資源論の正しい考え方 

2025.05.30 コラム トピックス

 本連載では、これからの10年を「バッテリー・ディケイド」(蓄電池の10年)と呼び、EVを含む蓄電池とその周辺にある領域の歴史や技術、資源、地政学、市場などの幅広いトピックスを取り上げ、バッテリー・ディケイド時代に知るべき「新しい蓄電池の教養」を眺めながら解説してゆく。なお、本稿では特に明記しない場合、蓄電池(バッテリー)はリチウムイオンを指す。

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 今回は、そのLFPを巡る小史に触れておこう。

CATL会長「新規採掘不要」発言の衝撃

 CATL創業者兼会長の曾毓群(Robin Zeng)は、2024年1月の世界経済フォーラムの年次総会(通称ダボス会議)で「2042 年には、中国は成熟したバッテリーリサイクル市場のおかげで新たな鉱物資源を採掘する必要がなくなる」と発言した[注1[1]]。同じ趣旨の発言を同年9月にも繰り返しており、そこでは根拠としてCATLの回収率(Li 91 %、Ni/Co/Mn 99.6 %)は、IEAが世界平均として示す「Li 20 %、Ni/Co 40 %」(2023年実績)より大幅に高いことを挙げている [注2[2]]。リチウムイオン蓄電池製造業界における世界のトップリーダーらしい、意欲的な姿勢と発言といえるだろう。

 米シンクタンクRMIも、現行トレンドでも2030年代半ばにバージン鉱物需要はピークを迎え、Acceleratedシナリオでは2050年以前に鉱物需要ネットゼロが可能であること、中国はリサイクル主導で2042年に鉱物自立達成と明記している[注3[1]]。

 回収率については、テスラとも関係の深いレッドウッドマテリアル社も、すでに年間20GWh(2024年)のリサイクルをしており、リチウム、コバルト、ニッケル、銅、アルミニウム、グラファイトなどの重要な材料を95%以上回収できると報告している[注4[1]]。

トヨタ統合報告書に見るBEVへの消極姿勢

 他方、トヨタ統合報告書2023年版[注5[1]]には、TRI (Toyota Research Institute)のCEOでもあるギル・プラット博士による前年(2023年1月)のダボス会議での講演を収録し、BEVへの早急な移行はリチウム資源不足を招くという警告を掲載している。

 同報告書によれば、リチウムの供給と需要にギャップが生じることを指摘している報告を取り上げた上で、そのリチウム供給不足を避けるために、大きな蓄電池を必要とするBEVだけでなく、小さめの蓄電池で済むプラグインハイブリッド車(PHEV)やハイブリッド車(HEV)などに分散することで、全体で見た二酸化炭素(CO2)の削減ができるという、自社の提唱する「マルチパスウェイ戦略」の妥当性を強調している。蓄電池リサイクルに対しても、「これから取り組むが10年ではリサイクル量は増えない」と、懐疑的ないしは消極的な発言に留まっている。これは、すでに高いリサイクル回収率を達成しているCATLやレッドウッドマテリアル社とは大きな落差だ。

蓄電池資源制約論の検証

 リチウムなど蓄電池の資源制約はあるのか、再検証してみよう。

 米地質調査所 (USGS)によれば、地球規模のリチウムの確認埋蔵量は2,800万トン、資源量は1.05億トンと推計しており、2023 年のリチウム生産量18万トンから見れば量的余裕は充分に大きいといえるだろう[注6[1]]。

 その上で急増する需要を満たせるかどうかは、供給能力(採鉱と精製、リサイクル)にかかっている。IEAは、2035 年時点で確定鉱山プロジェクトだけではリチウム需要の 50 %しか賄えず、追加案件を入れてもギャップは残り、投資不足が最大のリスクと指摘している[注7[1]]。

 その他の研究機関やシンクタンクもほぼ同様である。

 ・Benchmark Mineral Intelligence(2025)「2040 年までに世界のリチウム供給量をほぼ 4 倍にしないと需要を満たせない。」[注8[1]]

 ・Bloomberg NEF(2024) 「今後10年以内に一次供給が赤字に転じる恐れ。2050 年ネットゼロを達成するには鉱山投資2.1兆ドルを要す​」[注9[2]]

 ・McKinsey (2024) 「2035 年までにリチウム・REE・銅などは依然不足。ただし開発期間が短いリチウムの資源は豊富で、開発スピード次第​」[注10[3]]

すなわち、資源制約は、鉱山や精製能力への投資・開発のペースとリサイクル回収量と回収率の向上・拡大のペース次第であることが分かる。あらためて、リサイクルに力を入れるRobin Zeng CATL会長やテスラ(レッドウッドマテリアル社)の前向きの姿勢の重要さと、どこか他人事の姿勢で、しかも資源制約を「マルチパスウェイ戦略」の根拠に使うトヨタとの姿勢の違いが大きい。

資源論におけるバッテリーEV車と化石燃料車との根源的な違い

 ところで、資源論に関して、EV(蓄電池)と化石燃料車とのもっとも重要かつ根源的な違いを理解しておく必要がある。それは、化石燃料車は膨大な量の石油をワンスルーで使い切るのに対して、EV(蓄電池)の資源は一度採掘すれば、その大半はリサイクルできるということだ。それを図1は視覚的に表現している[注11[1]]。

 すなわち、BEV(電気自動車)化は、エネルギーや気候危機対応に有効なだけでなく、資源論的にも有効な解決策なのである。

図  EV(蓄電池)と化石燃料車の資源的な違い


[1] South China Morning Post (Jan.19, 2024) “World Economic Forum: CATL’s Robin Zeng calls for setting aside geopolitical tensions to address EV battery materials shortage”  https://www.scmp.com/business/companies/article/3249090/world-economic-forum-catls-robin-zeng-calls-setting-aside-geopolitical-tensions-address-ev-battery?module=perpetual_scroll_0&pgtype=article

[2] 上海界面财联社科技股份有限公司 (Sept.27, 2024) “寧徳時代会長の曾毓群:2042年は新しい鉱物資源を採掘する必要がなくなる” https://www.cls.cn/detail/1812094

[3] RMI (July 2024), “The Battery Mineral Loop – The path from extraction to circularity” https://rmi.org/wp-content/uploads/dlm_uploads/2024/07/the_battery_mineral_loop_report_July.pdf

[4] Redwood Materials Battery Recycling Program https://www.redwoodmaterials.com/recycle-with-us/

[5] TOYOTA統合報告書 / Annual Report アーカイブズ https://global.toyota/jp/ir/library/annual/archives/

[6] USGS (2024), “Lithium”, https://pubs.usgs.gov/periodicals/mcs2024/mcs2024-lithium.pdf

[7] IEA (2024), “Global Critical Minerals Outlook 2024”, https://www.iea.org/reports/global-critical-minerals-outlook-2024/executive-summary

[8] Benchmark Mineral Intelligence (2025), https://source.benchmarkminerals.com/article/benchmark-modifies-price-assessment-methodologies-with-regards-to-publication-rights?utm_source=chatgpt.com

[9] Bloomberg NEF (2024), “Transition Metals Outlook 2024”, https://about.bnef.com/blog/mining-industry-needs-2-1-trillion-dollars-in-new-investment-by-2050-to-meet-net-zero-demand-for-raw-materials-finds-bloombergnef-in-new-report/

[10] McKinsey (2024), “Global Critical Minerals Outlook 2024”, https://www.iea.org/reports/global-critical-minerals-outlook-2024/executive-summary

[11] European Federation for Transport and Environment (2024), “Batteries vs oil: A comparison of raw material needs”, https://www.transportenvironment.org/articles/batteries-vs-oil-comparison-raw-material-needs

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